白鷗高等学校には三つの支援組織がある。双鷗会(PTA)、後援会、鷗友会(同窓会)である。現在は、双鷗会と後援会は、別組織として活動内容もはっきり区別されているが、例えば、昭和46(1971)年まで後援会はPTA有志会員によって組織されていたこと、昭和21(1946)年7月から昭和23(1948)年5月まで本校PTAは「後援会」の名称であったことからも分かるように、かつてはPTAと後援会の活動は重なり合う部分が多かった。

1 後援会の設立

1. 財団法人の設立

昭和25(1950)年頃は、依然として、東京の住宅事情は依然深刻であった。そのため、双鷗会会員の中から、教職員住宅の建設計画が起こり、創立60周年記念事業として、豊島区巣鴨に、3棟6戸の教職員住宅「白鷗寮」を建設する。白鷗寮の維持等の必要から、昭和27(1952)年5月、財団法人東京都立白鷗高等学校後援会が設立される。

具体的な活動として、神代学園・白鷗寮の維持、学校の諸設備の補修、在校生・卒業生への指導に対する援助を行った。

2. 後援会の改組

昭和46(1971)年6月、後援会は都の指導に従い、規約を改正する。ここに後援会は「財団法人東京都立白鷗高等学校後援会」として新しい規約「財団法人東京都立白鷗高等学校後援会寄付行為」のもとに再出発した。

更に、平成20年以降の国の法人制度改革にともない、特例財団法人から一般財団法人へと移行し、新たな規約のもと、現在に至る。

2 後援会の設立

昭和25(1950)年頃は、依然として、東京の住宅事情は依然深刻であった。そのため、双鷗会会員の中から、教職員住宅の建設計画が起こり、創立60周年記念事業として、豊島区巣鴨に、3棟6戸の教職員住宅「白鷗寮」を建設する。白鷗寮の維持等の必要から、昭和27(1952)年5月、財団法人東京都立白鷗高等学校後援会が設立される。

具体的な活動として、神代学園・白鷗寮の維持、学校の諸設備の補修、在校生・卒業生への指導に対する援助を行った。

1. 駐車場経営

昭和26(1951)年3月に完成した白鷗寮は、本校教職員に多大な便宜を与え、所期の目的を果たした。しかし、住宅事情が好転したこと、建物が老朽化したことから、白鷗寮を取り壊し、跡地を駐車場とすることになる。取り壊しは昭和49(1974)年5月から始まり、昭和52年には全面的に取り壊された。現在は、後援会の経営する、1,022.3㎡、約40台の乗用車を収納する駐車場となっている。この駐車場の収益の一部は、清和寮の維持管理費に充てられている。

2. 教育活動への支援

後援会の教育活動への支援は教育環境助成を基本としている。特に、部活動、部合同合宿等の教育活動全般にわたって、運営上の補助を行っている。白鷗高校、附属中学校、並びに都内の公立中学校への協力態勢を堅持している。